【NOVEL】
 
「サイロの砦」  古川登志夫
 

■上演済みの自作戯曲「サイロの砦」のノベライズを試みたものです。……当SITE上では第一章のみ掲載)


第一章 雨上がりの天使

サイロの砦……陳腐な語呂合わせのようだが彼らは其処をそう呼んでいた……。
現代の寓話とでも言おうか、およそ非現実的な体験……その奇妙な「事件」に巻き込まれることになったのは、不思議な少女との唐突な出会いがキッカケだった。あれから10年……関係者の一人として彼らと交わした「死ぬまで他言無用」の密約が今も脳裏にこびりついている……だが、蔵匿した事実はやがて露わになる……隠蔽した罪過は必ず暴かれる……封印した真実はいつか露呈する……という恐怖感だけが日増しに肥大していく。守秘義務なるものが精神的にここまで重い負担になるとは……。

自分の優位性を際だたせる目的で人前で他者を貶(おとし)める奴がいる……。
冷酷な軽蔑を虚偽の愛情と薄ら笑いでコーティングし、早口でまくし立てて威圧し、相手が自分より下位の人間であることを印象づける喋りのテクを身につけている。日々目にするだろう。たとえば喫茶店で話している二人組。概ね、一方が早口にまくしたて、説明し、教え、指導し、他方は口を挟む余地が無く、ひたすら聞き手にまわり相づちを打っている。「喋り続ける人間」……無論、他人の話など聞かないし、意見に耳を傾けることもない。いつでもどこでも自分が優位、最高位の存在であることを誇示し続けなければ生きていられない哀れな俗物。一方的に気が済むまで喋ったところで「出ようか?また連絡する」と伝票を手にし席を立つ。奢ってくれるのではない。間髪を入れず「割り勘にしよう!」とくる。常にイニシアチブをとっていればよく、相手の都合や気分はおかまいなし、「利口ぶっている馬鹿」……困ったことにそれは俺自身のことらしいのである。

…逆に多少なりともインテリジェンスを備えているなら、かくあらざるを得ないだろうという好ましい人間もいる。断崖絶壁に咲く野のゆりのごとく、人目につかず芳香を放っているような人間。いつでもどこでも、まるで自ら好んで存在感を薄めているかのように遠慮がちで、謙(へりくだ)りという美徳を備えた人間だ。そしてこういう人間に限って、俗物のターゲット、餌食になりやすいときている。……困ったことに……どうもそれも、他ならぬ俺自身のことなのである。悪い人間は俺自身のことらしいのであり、善い人間は俺自身に他ならぬのである。都合良くニュアンスを使い分ける狡猾さまで備えてしまっているとは……。

唾棄すべき奴、他人に迷惑をかけて自分がいい気になっている奴、芳香を放つ野の花をへし折る様な無神経な輩の鼻は、誰かがへし折らなければならない。野のゆり自身がへし折れば痛快なのだが……俺が俺の鼻をへし折る?

いつかラジオで「シティーバスターズ」という連続ドラマを聴いた。依頼人に代わって腹の立つ奴に仕返しをしてくれるプロの仕置き人の話で妙にリアリティーがあった。テレビにも似たような筋立ての人気時代劇シリーズがあったが、複雑怪奇な人間社会、現代にこそ、いかにも流行りそうな商売ではないか。もしかしたら現に存在するのかもしれないが、いずれにしてもドラマの如く勧善懲悪、一件落着とばかりはいかないのが現実というものだろう。

鼻持ちならぬ人間、自分がそうだと気づけば……自己嫌悪に陥る。でも真実自分が嫌いな人間というのはほんの一握りではあるまいか。大半は、どこかでそこそこいい人間、否、ちゃんとした人間だと思っている。自己評価に限らず、概ね「そこそこ」が心地よく、安住の地の条件だったりしないか。そこそこいい人間、そこそこいい会社、そこそこいい暮らし、そこそこいい人付き合い……、ほどよい中流意識が落としどころ、と、世の中ぎくしゃくしながらもなんとか成り立っているのが人間関係、人間社会ではないか。上辺いい人、実は悪い人、上辺悪い人、実はいい人、などと適当な価値観で人柄を見抜いたつもりのほどほどのおつき合い、というわけで「草枕」の冒頭に共感を覚える人も多いのだろう。

人間関係に悩んだことのない者なんてまずいないだろう。この時代、年間3万人強という自殺者数や頻発する凶悪事件数も、さもありなんという多さだが、いやむしろ、これだけおびただしい数の人間が生息している日本にしては、よくその数でおさまっていると思えるくらいだ。

だがそんな思いで現実の様々な事象を透過し、つきつめて考えてみると、人間はどうしようもない罪深き生き物としてこの世に産み出されてくるとしか思えない。ペシミスティックに過ぎると言われそうだが、現実、人間関係のトラブルから起こる事件は余りに多いし、リストラだ派遣切りだ殺人事件だと暗いニュースばかりではないか。街行く人々を観察していると、人間関係から生じるフラストレーションが服を着てスクランブルに蠢いているようにも見える。なにかしらガス抜きが必要だと誰もが感じている。ささやかでいい、何か気晴らしが。居酒屋ののれんをくぐる?なにか趣味に没頭する?釣り?ゴルフ?盆栽?俺は……。……まあ中には歌でも歌ってぶあ~っと憂さ晴らししたくなるって人もいるわけで、カラオケ大ブームだ。

俺もよくカラオケボックスに行く。他人の下手な歌を何曲も聴かされるのは死ぬより辛くて死んでしまうだろう。で、死にたくはないから一人で行く。誰にも迷惑をかけたくないし、かけられたくもない。「雨上がりの天使」という曲ばかり何度も歌っては、二時間ほどで帰る。歌いたい曲はそれだけだし、入店したものの歌いたくなくなって、一休みしただけで出てしまうこともある。それでも無理に歌ってみると楽しくなってきて何曲も、否、同じ曲を何回も歌い続けることもある。俗物との不幸な時空間の共有による汚れ落としにもってこいだ。ミュージックセラピーという精神療法があるそうだから、ストレス解消には効果があるんだろう。

その当時の日記に、連日カラオケとだけ記している箇所がある……失業したのだ。 失業率4.7パーセント。大都市ではホームレスが激増し、企業のリストラ、倒産、 中高年の自殺が相次いでいた。にも関わらずカラオケ関連企業の株価は急騰。アルファデータバンクの調べでは、この未曾有の不況下にあって経常利益が上向いていたのは、カラオケとゲーム関連の企業だけ。アルファデータバンクというのは表向きで、実は俺が一人で調査していた。と言っても、そんなどうでもいい調査は隠れ蓑で、実際は企業LANに侵入して、未公開データを収集し、データ会社に売るのが俺の仕事だった。ミステリー小説を書く傍ら、パソコン一台で出来る闇の情報屋みたいなことやって、相当の報酬を得ていたのだが、そんなあぶくみたいな仕事の長く続くわけがない。

「企業LANへの侵入は非合法だ」という訳で、当局って奴に摘発され、起訴、裁判という面倒な展開になった。とは言えコンピューター犯罪に対する法的な縛りは今よりずっと甘くて、結局二十万円ほどの罰金刑でケリがつき、世の時流に乗り遅れることなく失業の憂き目に……。

不況に強い仕事だと思っていたし、法スレスレってのも面白かったのだが、罪の一人被りに対するデータ会社からの多額の謝金に目が眩み、トカゲの尻尾切りという見事な企業戦略にハマってさしあげて、一件落着。まあ独身だし、もともと潜在的失業者だから呑気なもんではあった……。

で、旅行雑誌に載っていた「南から来た!」なんてつまらんキャッチコピーに惹かれて、長期休暇でも取れた気分で北海道旅行に出掛けることにした。
行き当たりバッタリ、なんか気に入った仕事でも見つかれば、そのまま北の大地の住人になってしまってもいい……そんな心算が現実となり、謝金を元手に最終的に帯広の街で、小さなビルの一室を借り、電話一本で興信所を始めることにした。
浮気調査の依頼ぐらいはあるだろうと思ったし、失敗したらしたで、海外でもどこでも、デラシネの詩人を気取って放浪するのも悪くない、なんて……生来楽天的な性格なのだ。

父親がカラオケ店を経営しているというある女子高生に出会ったのは、そんな不景気真っ只中の……ある夏のこと。現代の寓話の始まりってわけだ。

興信所の最初の客は……女子高生。
事務所に訪ねて来たわけじゃなく街で偶然出会ったのだ。突然の夕立で、あわてて折り畳み傘を開いたところへいきなりその女子高生は飛び込んできた。

「すいません!雨宿りさせてください!」
「どうぞ!」

とは言ってしまったものの、雨はいよいよ激しくなる一方。近くのファーストフード店に避難しようと思い、なんの気なしに「コーヒーでも…」と言ってしまった。すると「うれしい!」と、しがみついてくる。制服姿の女子高生である。へんな子につかまった、と思ったが、こうした日常から非日常への偶発的な出来事の流れには、押し止めようのない加速度がついてしまうことがある。第一自分から誘ってしまったのである。

「おごってあげる!」
「いや、誘ったのはこっちだから俺が……」
「いいからいいから!」

と、すんなりと深みにハマる。
席を確保しコーヒーを二つ注文し金まで払ってしまう、手際がいい。そこから先は速射砲の如き彼女の一人喋り。こっちは頷いてはコーヒーを啜るの繰り返しで、口を挟む隙がない。チッ!苦手なタイプだ。私立O高校の3年生。名前はニックネームだがレイジョー。なるほど深窓の令嬢って趣きがある。

帯広市内でカラオケのチェーン店を経営している父親との二人暮らし。母親は訳あって横浜在住。その話し方、目の輝き、ボキャブラリーの選択から、聡明さが伺える。面と向かうと整った顔立ち、美少女といっていいだろう。自己紹介にしてはやや長すぎる話がやっと終わると、今度は矢継ぎ早の質問。

「歳は幾つ?奥さんは?お仕事何してるの?」
「30、独身、興信所」

三つ目の答えには何故かビビッドに反応した。

「もしかして、探偵さん?」
「まあ、そんなような……」
「お仕事頼んでいいかな?」
「え?」
「守秘義務があるのよね?あなたには」
「……ああ…そうね」
「身分証明出来るもの何か持ってる?あなたが本当に探偵だっていう……」
「本当だよ、一応ね」
「ラッキー!名刺頂戴!」
「……面白い娘だね、君は」

パソコンで間に合わせに作ってあったシンプルな名刺を差し出す。

「あら、この近くなのね。名刺じゃ身分証明にならないわね。運転免許証とかは?」
「……あ、あるよ」
「見せてもらってもいい?」

間無しの畳み込み。せっかちな婦人警官に不審尋問でも受けているって感じだ。

「持ってるけど、見せるのはちょっと……仕事柄、不都合が生じることもあるんでね」
「ううん……と……いいわ!分かったわ!信用してあげる!名刺の住所に事務所は確かに存在するんでしょ?」
「勿論」
「運転は出来る、と。これ大事ね。よし決まった!お願いしたいのは、ある人物の素行調査なの」
「………ちょっと待ってよ。その、あまり思いつきで行動しない方が、お金だってかかるんだし……」
「即断即決即行動が私のモットー。お金なら心配しないで。パパお金持ちだから。必要なら前払いするわ、やるんでしょう、素行調査なんかも?」
「そりゃやるけど、初対面だし……」
「あら、依頼人は最初たいてい初対面でしょ?それとも知り合いの依頼しか受けないの?」
「いや……未成年だしなあ…今会ったばかりだし…」
「未成年者の依頼は受けないって決まりがあるの?そうなの?駄目なの?そんな決まりないんでしょう?」
「いや……まあ、じゃ、とりあえず話だけでも聞かせてよ」

商談が成立してしまう流れだ。

「話だけじゃ駄目よ、引き受けてくれるんでなきゃ話す訳にはいかないわ!男らしく決断しなさい!」
「わ、分かったよ!」
「よかった!決まり!……にしても随分簡単な名刺なのね。固い名前ね、うが……じんごう、さん?」
「いや、うがじん、たけし。宇賀神が苗字で剛が名前」

宇賀神剛……探偵業務用の仮名だが、我ながらいい加減な名前をつけたものだ。

「沖縄出身でね、宇賀神ていう姓が多いんだ」

探偵心得の第一条、自らの輪郭をボカしておくこと。教本を読んだわけでも教習を受けたわけでもないが、ま、そんなところだろう。ミステリー作家としてのペンネームは藤森美樹、闇の情報屋になりすまして牧野神剣と、必要に応じて、名を使い分けてきた。トニー・マグドールの名で、エッセーストと称し雑文を売っていたこともある。年齢も生まれもでたらめだが、独身というのは事実だ。何故妻帯者を装わなかったのか……。本名ですか?いや、だからそれは仕事柄ご海容のほどを……ってやつで。

20分近く話を聞いただろうか。潜め声の早口。極めて論理的な話し方、女子校生の語り口とは思えないキレがある。辺りを気づかってか時折筆談も交える。論旨は明確で、容易に全容を把握する事が出来た。政治も経済も教育も、何もかもが壊れつつあるかに見える現代、このさいはての地北海道で、極めて前向きに生きようとしているある高校生達のグループが存在すること。

レイジョーは彼らを率いるリーダーであること。そして彼らが実行に移そうとしている大胆にして綿密なる行動計画、コードネーム「ミッション・イン・サイロ」。そしてその目的。それにしても、その重要且つ遠大なる極秘計画を、初対面の人間にこうも易々と漏らしてしまうのは何故なのか?何か裏があるのか、からかっているのか、否、でまかせでこう計算されつくした話は出来まい。真実、目的があっての行動計画だとして、達成出来るかどうかは五分五分というところだろう。

ともあれ、ある意味意義深く、ある意味十二分に危険を孕んだこの前代未聞の計画は、一人の女子高生の類い希なカリスマ性の故に、男子生徒も含む数人の、無邪気で熱情的な同級生達を巻き込み、今まさに空想から現実への坂道を、一気に転がり始めようとしていた。
だが転がり始めたが最後、勝手に加速度を増しやがて静止した時には、栄光か挫折、いずれかの結果を、当事者たちはその身に引き受けねばならない……
法律用語を繰り出して否定的見解を披瀝すべきか、あるいは肯定的な感懐を述べるべきか

……話を聞きながら、俺の脳裏にはある想念が渦巻き始めた。この計画は完璧な形で成功させなければならない。未成年者とはいえ失敗すれば「汚れ無き悪戯」では片づくまい。彼女たちに犯罪者の汚名だけは着せてはならない。そしてその為には……誰か大人の助け手が要る……。

一通りの話を聞き終えた頃には、もしかしたらこれは断ってはならぬ仕事、否、それどころか、初仕事に相応しい事案、とさえ思えてきたのである。同時に、ある種、犯罪に加担することになるやも知れぬという漠とした不安も膨らみつつあった。

危険この上ない彼らの行動計画には然し明確な正当性がある。重要なのはその一点だ。それは若者らしい極めて健康的な問題意識に根ざした、やむにやまれぬ衝動であり、大人に支持されるべき熱情に裏打ちされている。レイジョー達が憂慮する閉塞状況、それは紛れもなく大人社会が打開出来ずにいる現代の病巣だ。

なればこそ、少なくとも俺の様なタイプ、ものごとを常に客観的にしか捉えず、大人になってしまった人間には、理屈抜きに理解出来てしまうのだ。理解出来ても行動に移さずに生きてきてしまった俺の様な人間には……尚更。

大げさな言い方をするなら、ここで彼らに手を貸さねば、自分はたった一度の人生において、ついぞ自分らしく行動することの無かった人間になってしまう。生きなかったことになる。主観的に生きること無しに終焉を迎えることになる。偶発的に舞い込んだこの初仕事には、決して回避してはならぬという、何か目に見えぬ力が作用している。その力が何なのかは見当もつかないのだが、他人事として避けて通ってはならぬ、そう感じられてならないのである。

これは単に彼女=高校生=若者だけの問題ではない、俺=社会人=大人の抱える極めてコンテンポラリーな社会的病理と繋がっている。美しい少女の瞳がキラリと光る。

「引き受けてくれるの、くれないの?」
「……引き受けるにあたって、一つだけ条件があるんだけど…」

と言ってしまった瞬間、我ながら思いがけない言葉を吐いたものだ、と思った。まるで自分の中のもう一人の自分が勝手に割り込んできたような感じだ。

「いいわ。どんな条件?」
「その……仕事を始める前に……もう一度、俺と会ってくれないかな?」
「え?もう一度って、これから何度も会うことになるんでしょう?」
「引き受けるって決まればね……」
「断るかもしれないってこと?」
「そうじゃなくて……少し時間をおくと……」
「私の考えが変わるって言うの?それは絶対にあり得ないわ。半年も前から練り上げた計画なんだもの、絶対引き受けてくれないと困るわ、そういう前提で全てを話したのよ」

少し怒ったような表情で、俺の顔を覗き込む。そしてボールペンを握った俺の右手をとり、両手に包み込んだ。

「お願い!引き受けて!」

冷たい手だ。……シャンプー?あるいは化粧でもしているのか、フェミニンな香りが鼻腔をくすぐる。

「分かった……ひ、引き受けるよ……とにかく法に抵触するかの……」
「よかった!有り難う、長いおつきあいになるわね、剛くん!」
「た、剛くん?」
「そう呼んでいいでしょ?信頼関係のア・カ・シ!……駄目?」
「いや別に、い、いいけど……」

その後の言葉が出ない。

「剛くんておかしい!ドラゴンボールZのセリフみたいに喋るのね」
「ド・ドラゴンボールZ?」
「いちいちタタラ踏むから。き、きさま!し、死ね!つ、強い!アニメのセリフみたいなんだもん」
「え?お、俺が?」
「ほらあ!」

緊張でもしているというのか?こんな子供相手に、俺が?ま、まさか……それにしても女子高生が「たたら踏む」なんて言葉、よく知ってるもんだ。や、やばい、完全に彼女のペースに巻き込まれている。よくは分からぬが何か大きな歯車が廻りだしてしまっている様な恐怖感を覚える。

「仕事は明後日以降ということで構わないかな?」
「いいわ」

明後日……深い意味があった訳ではない。余談だが人気テレビアニメ「機動戦士ガンダム」ファーストシリーズの登場人物にカイ・シデンがいる。軟弱者で皮肉屋で常に斜に構えているという癖のあるキャラだが、一本芯の通ったところもあってマニアックなファンに受けていた。俺自身、あきれかえるほど自分に似ているこのキャラにハマっていた。放送終了後数年して第二シリーズ「機動戦士Zガンダム」が始まった。ファーストで少年兵だったカイは、7才歳を重ね眼光鋭い不屈のジャーナリストに変貌していた。シリーズはその後も連綿と続き社会現象と言われるほどの人気アニメになり、今も連綿と続いているが、俺に分かるのは第二シリーズのZガンダムまでだ。ところが最近になってカイを主人公にした漫画「デイアフタートゥモロー~カイ・シデンのレポートより~」が出版された。ジャーナリストとして、ディープなZガンダム外伝を紡いでいくカイの人格は数倍に高められていて、作品も頗る面白い。俺自身、ルポライターやジャーナリストに憧れていた時期があったから一層面白い。

「で、明日同じ時間にもう一度会いたいんだけど」
「具体的な依頼の内容とか、経費の話は明日でいいってこと?」
「いや、仕事はあくまで明後日からだ。その時、事務所で正式な契約書を……」
「じゃ、なんで明日?」
「……仕事の前にもう少し、依頼人について知っておきたいと思ってね」

我ながら、何を言ってるんだ?と思う。依頼人について知りたいことがあるなら、
今訊けばいいことだ。どうせ時間をもて余してるくせに。

「分かった、いいわ、そんなに急がないし3時以降なら空いてるけど。」
「悪いね、このあと別件で人と会う約束があって。」

嘘までついて明日会う目的は何だというのだ?

「了解!じゃ、明日4時に、この店でいいのよね?」
「うん、一応、ケータイ教えといてくれる?」
「名刺の番号に電話するわ、今」

教えてくれると言うのか、初対面の俺に。

「ああ、非通知じゃなく……」
「念を押さなくたって」
「ああ……どうも」

着メロが店内に響く。あわてて受話キーを押すと同時にレイジョーが叫んだ!

「ああ~!その着メロ!びっくり~!ね、ね、私にかけてみて!早く!」

なんとレイジョーのケータイの着メロは「雨上がりの天使」、偶然にしては出来すぎている、着メロが同じとは。

「すっごい!奇跡の邂逅だわ!剛くんとわたし!」
「かいこう?」
「この計画は絶対成功するわ!」

紙ナプキンに「邂逅」と書いてレイジョーに示す。

「奇跡の邂逅って、この邂逅かい?」
「そう。よく書けるわねそんな難しい字」
「君がこんな言葉を使ってる方が驚きだよ」
「そう?……あっ、雨上がった!じゃあね、明日!」

スカートの裾をヒラリと翻し、レイジョーは店を出ていった。

「……雨上がりの天使……」